2025年3月

 ダーウィンの誤解

過去のHPの中で「強い者、賢い者が生き残るのではない。変化できる者が生き残るのだ。」とチャールズダーウィンが言っており、現在社会の生存競争の中でも参考になる言葉であると述べました。

謹んでお詫び申し上げます。チャールズダーウィンは、このような言葉を残した事実はありません。
彼が「種の起源」で示したのは、環境適応できる突然変異種が生き延びたという事実のみです。
キリンは高い木の実を取るために首が長くなったのではありません。努力して首が伸びることがあったとしても、親の長い首が子に遺伝することはありません。
遺伝子的に長い首を持つキリンだけが高い木の実を採食し、生き延びたのです。未来の社会的ニーズが激変する現代社会において、リスキングにより必要なスキルを身に付けることは重要ですが、この努力をできる者と強者・賢者は無関係で、決して遺伝するものでもありません。
「強い者、賢い者が生き残るのではない。変化できる者が生き残るのだ。」ということは現在、未来に通用します。ただ、進化・遺伝とは無関係であり、チャールズダーウィンの進化論は述べていないということです。

管理職とは何か

雇用契約も一つの民事契約ではありますが、他の契約とは異なる部分があります。
通常の民事契約では「債権(債務)の内容」が確定しています。
つまり、何を与え、何を受けるかという利害内容が契約締結時に確定しているということです。

ところが、雇用契約では債務の内容は「・・・で、・・・の業務を、・・・時間行う」ということだけです。勤務時間(労働義務)が確定しているに過ぎないということです。
同期に、Aさん、Bさん、Cさんを雇ったとして、8時間勤務して労働債務を完全履行しても成果が異なり、異なる成果に異論を唱えることはできないということです。
人事評価により将来の雇用契約を見直すことはありますが、業務遂行能力が低いからといって、契約違反を問うことができないのが雇用契約の特徴です。そこで会社にとって大事なことは、新入社員(社員全般)の見守り役が必要だということです。

人の自然体を「善」とみるか「悪」とみるかは別にして、放任すれば勤務怠慢となり、会社が求める成果が得られないのが世の常です。
従業員が常に勤勉であるように監視し、成長を促し、成果に見合う雇用条件を付与してさらにやる気を起こさせるという「成長の好循環」を維持するのが、管理職の存在意義です。
通常の民事契約で考える「債務不履行による損害賠償」が雇用契約では通用しないがために管理職が必要とされるわけです。

ただし、労基法は一つの例外を認めています。特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)と言われる勤務形態です。この場合は、労働時間が債務内容とはならず、通常の民事契約のように「約束した成果」が問われることになりますので、労働時間の制約を受けず、労基法では適用除外項目のなかで定義されています。労働時間という概念を使わず、「健康管理時間」という新たな概念を設定したのもそのためです。雇用契約型フリーランスといったところでしょうか。 

労基法には「みなし労働時間制」もあり、「事業上外労働」、「専門業務型裁量労働制」、「企画業務型裁量労働制」といった分類をされていますが、これらの制度も労働時間が債務であることに変わりはありません。勤務時間を自分で決定できるという自由が付与されるにすぎません。

管理職判断の要素として、「出退勤の自由」というものがありますが、職務が部下の監視(管理)である限り、遅刻・早退・欠勤が自由であるというような権利は全くありません。
部下と共にあるべき管理職が遅刻・早退・欠勤してよいわけがありません。
労基法第89条は、「始業及び終業の時刻、休憩時間、休日」を就業規則の絶対的必要記載事項としていますが、管理監督者についても、当然この規定は適用されます。